ガルシア・マルケスの『族長の秋』の感想

ガルシア・マルケスの『族長の秋』の感想

ガルシア・マルケスの『族長の秋』の簡単に感想を書きます。

 

まず言うべきことは、この小説が非常に独特な小説であるということです。

 

基本的にこの小説は、どの章を取ってみても、特定されない「誰か」の告白体で書き始まっています。

 

主人公はある架空の国家に君臨する独裁者の大頭領なので、
「大頭領は…した」のように報告の体で記述が進んでいきます。

 

ところがここからがこの小説の特異な点なのですが、ある地点まで来ると、
これが大頭領の直接話法に切り替わったり、それ以外の人物の間接報告に切り替わったりと、
様々なレベルで話法が入り乱れるのです。

 

これは一見すると作者の混乱なのですが、もちろんそうではありません。

 

ガルシア・マルケスは、狙ってそのようなぐちゃぐちゃな話法の転換を行っているのです。

 

つまりそれは、既成のシンタックスに対する挑戦なのです。

 

普通の現代小説では小説全体を通して、例えば三人称語られるとか、
一人称で語られるといったように叙述の形式が決まっており、仮に叙述形式の変化があるとしても、
それは例えば章ごとにそれとしてわかるように区分されています。

 

しかし、それが『族長の秋』にはないのです。

 

長い、そして改行が一切ないひとつの章の中で、何の合図もヒントもなく、
いきなり人称やパースペクティブの変化が起こるのです。

 

繰り返しになりますが、これは極めて特種な技法です。

 

私はいままでに無数の小説を読んできましたが、
こんなに大胆なシンタックスの変化を体験したのは初めてでした。